神戸地方裁判所 昭和30年(モ)1340号 判決 1956年2月01日
債権者 松田隆明 外一名
債務者 久留島新司 外三名
主文
当裁判所が債権者・債務者等間の当庁昭和三十年(ヨ)第四六五号仮処分事件について昭和三十年十月二十五日にした仮処分決定(その主文は、末尾添附別紙記載のとおり)は、債務者久留島新司、同沼田忠安、同鳥巣新一が共同して本判決言渡の日から十四日内に、債権者松田隆明のため金七十五万円、債権者田中正勝のため金七十万円の保証を立てることを条件としてこれを取消す。
本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は、債権者等の連帯負担とする。
この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。
事実
第一、債権者等の主張
一、(申請の趣旨)
主文第一項掲記の仮処分決定中、「株主総会決議取消事件の判決が確定するまで」とあるを、「株主総会決議不存在確認請求事件の判決が確定するまで」と変更する旨の判決を求める。
もし、右申請が理由なければ、右仮処分決定を認可する旨の判決を求める。
二、(申請の理由)
(一)、債務者甲子園製氷冷蔵株式会社(以下「債務者会社」という)の発行済株式の総数は、一万株で、その内昭和二十八年二月発行の新株四千株(以下「新株」といい、他の六千株を「旧株」という)については、債務者沼田忠安その他の株主の申請に基き、議決権の行使を停止する旨の仮処分がなされている(当庁昭和三十年(ヨ)第四四四号仮処分事件)が、債権者松田隆明は、債務者会社の新株千四百八十株及び旧株十株を、債権者田中正勝は、新株八百九十株及び旧株五百十株をそれぞれ保有する株主である。
(二)、脇本与一郎外四名は、昭和二十八年十月債務者会社の定時株主総会に於て取締役に選任されて就任したが間もなく木村政治郎外一名の申請による仮処分により一時職務執行を停止され、取締役職務代行者として、久留島新司外一名が選任された(当庁昭和二十八年(ヨ)第五九三号仮処分事件。)これに対し脇本与一郎外四名は、異議の申立をした結果(当庁昭和二十八年(モ)第九三一号異議事件)右仮処分命令が取消され、さらに昭和三十年十月十七日大阪高等裁判所において控訴棄却の判決が言い渡されて脇本与一郎外四名は、右会社の取締役の職務を執行しうることとなつた。
(三)、ところが、これより先、前記取締役職務代行者久留島新司は、第一号議案「第九期営業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案承認の件」第二号議案「取締役全員任期満了につき改選の件」、第三号議案「監査役全員任期満了につき改選の件」を会議の目的たる事項とする定時株主総会を同年七月十八日に招集する手続を了していたので、同日に開催された第九期定時株主総会においては、代表取締役脇本が、定款の定めにより議長となつて開会を宣した。
(四)、ところで、当日当初委任状によらぬ出席株主は十一名(この持株数千二万株)議決権の代理行使を委任した株主は四名(この持株数二千二十株)とみられたが、その内、債務者沼田忠安の提出した株主小畑忠男の議決権行使の委任状の印影は、会社に届出てた印鑑と一致しなかつたため、議長は、右委任状が真正に成立したものと認めがたい旨を宣したのに、株主小畑及び、沼田は、その委任状の真正なことを立証しないのみならず、印鑑相違の点につき何等の釈明もしなかつたので、議長は、これを無効と認め株主小畑の持株数三百二十株を控除すれば、当日出席した株主の株式数は、二千九百株となり、取締役選任の決議をするに必要な定足数(後述)に達しないので、決議が出来ないから閉会する、従つて第九期定時株主総会は改めて招集する旨宣して退場した。
(五)、しかるに、債務者沼田忠安外八名の株主は、右総会閉会後残留して大白慎三が議長となつて恣に総会と称して会合を開き、前記第一号議案については、原案通り承認可決し、第二号議案については、債務者久留島新司、同沼田忠安、同鳥巣新一を夫々取締役に選任し、第三号議案については木村政治郎、宗宮主計を夫々監査役に選任する旨の決議をし、取締役会決議をもつて、久留島を代表取締役に選任し、いずれも就任したと称している。
(六)、しかしながら右会議は、次のような理由により単なる株主の集合であつて株主総会とは認め難く、従つてその会合で決議しても、総会の決議ではない。株主総会の開会議事進行及び閉会は議長の専権に属するから、前記株主総会は、脇本議長の閉会宣言により終了したのであつて、爾後株主総会という様なものがあるべき筈はない。なお右閉会宣言に対し株主から何等の異議もなかつたし、異議あつたとしても、閉会宣言の効果に何等消長を及ぼさない。仮に議長が不当に閉会を宣しても、議長はこれに対する相当の責任を負うまでであり、他方少数株主は、商法第二百三十七条により総会招集を請求しうるのであつて何等不利益を被らないから閉会の効力自体に影響はないのみならず、債務者等主張の株主総会にあつては株主大白慎三が自称議長となつているが、会社定款第十六条に「株主総会の議長は取締役社長が、これに任ずる。取締役社長が事故あるときは予め取締役の定めた順位により他の取締役がこれに代る。」と規定し、取締役差支えの場合株主中より議長を選任する旨定めていないから、取締役でない単なる株主にすぎない大白慎三は、議長の資格がなく、従つて議長及び取締役の出席しない以上株主総会は存在しない。
(七)、仮に株主総会が存在するとしても、右総会の取締役選任決議は次のような瑕疵があるから取消すべきものである。
(1) 、会社定款第二十一条によれば、取締役選任の決議をするためには発行済株式の総数の二分の一以上に当る株主が出席せねばならないとなつており、仮処分により議決権を停止された株主は商法第二百四十条第一項にいう「議決権ナキ株主」に該当しないから、本件において仮処分により議決権の行使を停止された株式数四千株を発行済株式の総数一万株に算入すると、債務者会社の総会の決議をなすには五千株以上に当る株主が出席せねばならぬことになる。しかるに本件総会には右定足数を充たすべき株主が出席していないから、右決議は取消を免れない。
(2) 、仮に議決権の行使を停止された株式数を発行済株式の総数に算入しないとしても、株主小畑忠男の委任状の印影は、同人が会社に届出た印鑑と相違するので(小畑が改印届を提出したこともない)、後述の理由により右委任状は無効であつて、その持株数を控除すると、本件総会の出席株主の持株数は合計三千株未満となり、やはり定足数に達しないから、右決議は取消さるべきものである。債務者会社は、株主に対し印鑑届出義務を強制しているが、それは、株主権の行使については必らず届出印鑑のみによるべく、それ以外の印鑑による権利行使を許さない趣旨であつて本件小畑の届出印鑑によらない委任状に基く権利行使は、株主総会に諮る必要もなく許されない。
(3) 、本件総会決議は前に述べたように、議長及び取締役が出席しないでなされた決議であるから、取消さるべきである。
(八)、よつて、債権者両名は、この程債務者等を被告として、第一次的に本件株主総会の決議不存在確認を、予備的に右決議の取消を請求する本案訴訟を当庁に提起した。
(九)、しかるに昭和三十年十月二十四日任期満了により退任した脇本与一郎外四名の従来の取締役は、商法第二百五十八条の規定により新取締役の就職するまでその職務執行の権利義務があるところ、別に取締役に選任されたと称する債務者久留島新司、同沼田忠安、同鳥巣新一は、同年十月二十五日その就任登記手続を経由し、取締役の職務執行を主張するので、さなきだに紛糾を続ける債務者会社内に相対立する新旧取締役が存在する異常なる事態を惹起した。のみならず、債務者久留島新司は、昭和二十九年四月より昭和三十年十月まで債務者会社の代表取締役の職務代行者であつたところ、その在任中、日本冷蔵株式会社兵庫工場外数ケ所の取引先に対し、屡々不信の、或は信用失墜を来す行為を重ねたため、債務者会社にとつて重要な得意先を失い、或は売上の減少を招き、更に債務者沼田忠安、同鳥巣新一等一派の株主の指図に従い、最も経験のある幹部職員及び工場の技師を妄りに解雇して業績の低下を来し、債務者会社に莫大な損害を与えている。それ故、債権者等が他日前掲本案訴訟に勝訴しても、その判決が確定するまで債務者久留島新司、同沼田忠安、同鳥巣新一が取締役としての職務を行うときは、債務者会社に対し金銭に見積り得ぬ致命的損害を及ぼすのみならず、債権者等をはじめとする全株主の受ける損害も亦、甚大にして回復し難きに至るであろう。
よつて、かかる現在の著しい損害を避けるため、第一次的には申請の、趣旨第一項掲記のとおりの本件仮処分決定を変更する判決をもし右申請が理由がなければ、予備的に本件仮処分決定を認可する判決を求める次第である。
第二、債務者久留島新司、同沼田忠安、同鳥巣新一の主張
一、(異議申立の趣旨)
主文第一項掲記の仮処分決定の取消及び第二、三項同旨の判決並びに第一項に限り仮執行の宣言を求める。
二、(異議の理由)
(一)、まず、債権者等が株主総会決議不存在確認請求権をも本案訴訟の訴訟物として主張するのは、訴訟法上許されない。本件仮処分決定は、本件株主総会決議に対する株主の決議取消請求権を本案の請求権とする限度において発せられているものであることは同決定の記載により明らかである。債権者等は、本件仮処分の申請に際し、右株主総会決議の不存在を第一次的に主張し、予備的に株主総会決議の取消事由を主張するものであつたに拘らず、前記の如き仮処分決定を見たのは、右決議不存在を理由とする仮処分申請が却下されたというべきであり、本件仮処分決定の当否を再審査すべき異議訴訟における審判の範囲は、本案の請求権としての総会決議取消請求権の存否、並びに、仮処分の必要性の有無のみに限定すべきである。しかるに債権者等は総会決議不存在をもその理由として本件仮処分決定の変更を求めているが、その限りにおいては、前記却下決定に対する抗告をもつて争うは格別、本件異議訴訟において総会決議不存在を主張することは許されない。仮りに右主張に理由がないとしても、保全処分命令に対する異議訴訟における裁判は、本来保全処分の決定に対し双方よりの攻撃防禦の結果、この決定自体の当否、すなわち右決定発令当時の状態において右決定が正当のものなりや否やを判断すべきものであるから、審理の範囲もこの限度にすべきものである。
(二)、次に、債権者等主張事実、第一の二の(一)乃至(三)の各事実、及び第一の二の(五)の事実中大白慎三が議長となつて債権者等主張のような内容の第一号乃至第三号議案を決議したこと、並びに、脇本与一郎外四名の従来の取締役は昭和三十年十月二十四日任期満了により退任し、新取締役債務者等三名は同年同月二十五日その取締役就任の登記手続をしたこと、債務者会社の定款によれば、株主総会において取締役選任の決議をするには、発行済株式の総数の二分の一以上に当る株主の出席を必要とすることは、いずれも認めるが、その余の事実は、全部争う。
(三)、すなわち、昭和三十年十月十八日の株主総会において、脇本議長は、出席株主の持株数合計が決議に必要な定足数に達しないから本日の総会は延会とする旨宣したのであつて閉会を宣したのではない。そこで直ちに出席株主沼田忠安が「議長々々」と発言したけれども、脇本は、これを無視して退場した。
(四)、元来議長は総会の秩序を維持し、議事進行の権限を有するものであるが、その権限行使については善良な管理者の注意義務が要求される。即ち議長は重要な事項については総会の決議に従い、然らざる事項についても多数株主の意向を了察し、相当の処置をとらねばならない。延会、継続会、審議未了のまゝの閉会等の決定、株主又は代理人の資格審査に関する紛争の決定等は前者に属し、議事進行の妨害に警告を発する等は後者に属する事項である。しかるに脇本議長は、延会につき適法な総会の決議を経由することなく延会を宣したのである。
(五)、のみならず、当日の議事日程中、債権者等主張の第一、第三号議案は、いずれも会社定款第十七条により定足数を必要とせず、出席株主の議決権の過半数をもつて議決しうるに拘らず、脇本議長は、これらの議事を議了せず、専断をもつて総会の延会を宣したのである。かゝる場合残存株主が議長を選び議事を進行したことは適法な処置である。
(六)、本件株主総会に出席した取締役は、脇本与一郎外二名で、他は欠席していたが、脇本議長がその議長の職責を放棄して退席するや、他の取締役二名もこれに続いて退場した。右三名の持株数は三十株にすぎず、残留株主の持株数は三千百九十株であつたから、このような場合には、取締役中より議長を選任すべき旨規定した定款第一六条に拘らず、残留株主の決議により株主中より議長を選任し議事を進行しうると解すべきであり、従つて取締役でない株主大白慎三を議長に選任したのは正当である。
(七)、債務者会社の発行済株式の総数一万株の内新株四千株については、新株発行無効確認訴訟を本案とする仮処分により議決権の行使を停止されたのであるから、本件取締役選任決議の定足数は、三千一株であつて五千一株ではない。蓋し株主総会の定足数の基礎とすべき株式数は、法律上総会に出席し且つ議決権を行使することのできる株主の有する全株式とすべきであるから、本件の場合の如く、新株発行無効確認を本案訴訟とする仮処分決定によりその有する株式につき議決権の行使を停止された株主は、株主総会の構成に参与する資格を奪われたものであり、仮りに総会に出席しうるとしても、凡ての決議につき議決権を行使することができないから、かゝる株主の有する株式数は議決権なき株式として、定足数の算定の基礎となるべき発行済株式の総数から除外しなければならないからである。
(八)、本件株主総会に出席した株主の持株数は三千百九十株であつて、株主小畑忠男の持株数三百二十株も出席株式数に算入さるべきである。議決権行使の委任状の真正なことは議事に入るまでに受任者において立証すれば足り、且つ代理権を証する書面が出ているかどうかの認定権は、株主総会の権限に属する。本件株主総会において、議長大白慎三は、特に議事に先立ち、株主小畑忠男の委任状につき出席株主にその真否をはかつたところ、出席全株主の承認をえ、且つ受任者沼田忠安においても小畑の委任状を封入して同人に送つて来た封筒を示し、また委任状の署名は本人の署名であることを認め、委任の真正なことを明らかにしたものであるから、右委任状は有効である。のみならず小畑は、昭和三十年八月改印届を会社に提出したが、会社の印鑑簿に編綴された同株主の新印鑑票は、本件総会直前何人かによつてはぎ取られたのであるから、実質上は委任状の印影と印鑑簿の印影とは一致するというべきである。従つて本件取締役選任決議に参加した出席株主の株式数は、右小畑忠男の持株数を加えると三千百九十株となり、前記定足数をこえることになるから、決議に何等瑕疵はない。
(九)、仮りに定足数が五千一株であるとしても、本件取締役選任決議は取消すべきではない。債権者等両名は本件総会当日会社内におりながら故意に欠席戦術をとり、自ら招いた総会決議の瑕疵を主張するものであつて、その卑劣なことは、いわゆる会社荒しと何等異なるところがない。かゝる債権者等の決議取消請求は、昭和二十五年法律第百六十七号による削除前の商法第二百五十一条の精神からして、当然に棄却されて然るべきである。それ故、右決議取消請求権を本案の訴訟物とする仮処分申請は、この点からしても理由がない。
(十)、最後に、本件仮処分の必要性に関する債権者等の主張は、根拠がない。本件総会決議により取締役に選任された債務者久留島、同沼田及び同鳥巣の三名は、すべて有能且つ公正な人物であるからこの点に関する債権者等の主張は、単なる中傷にすぎぬものといわなければならない。
(十一)、以上いずれの点から考えても、債権者等の申請は、理由がない。よつて、本件につきさきになされた仮処分決定を取り消した上、債権者等の仮処分申請を却下すべきものである。
第三、債務者甲子園製氷冷蔵株式会社の主張
一、(申請の趣旨に対する答弁)
主文第一項掲記の仮処分決定を認可するとの判決を求める。
二、(申請の理由に対する答弁)
債権者等の主張事実は、いずれもこれを認める。
第四、疏明。<省略>
理由
一、債務者久留島新司、同沼田忠安、同鳥巣新一の三名(以下「債務者等三名」という。)は、主文第一項掲記の仮処分決定に対し異議申立をしたが、債務者会社において異議申立をしなかつたことは記録上明らかであるところ、本件取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分訴訟はその本案訴訟が株主総会決議取消ないし不存在確認訴訟であつて、いわゆる類似必要的共同訴訟に属し、従つて、本件仮処分訴訟の目的が共同訴訟人である右債務者等三名及び債務者会社につき合一にのみ確定すべき場合に該当するので、民訴第六十二条第一項の規定により債務者等三名のした右異議申立は、債務者会社の利益に帰するものであるから、債務者会社のためにも異議申立の効力を生ずるのみならず、同様の理由により、債務者会社だけが右仮処分決定の許可を求める旨陳述しているけれども、法律上これに認諾の効力を認むべきでないし、また、債務者会社は、債権者等の主張事実を全部認めているが、これも、他の債務者等三名において争つている限度で、自白の効力がないといわねばならない。
二、債権者等は、本件異議事件において仮処分決定の変更を求める旨予備的併合の申立をしているが、その基礎事実に変更なく、かつ著しく本件訴訟手続を遅滞せしめる事情が認められないから、これを適法と認める。もつとも、債権者等は、当初から第一次的に右決議不存在確認請求権、予備的にこれが取消請求権を本案の訴訟物として、取締役職務執行停止及び職務代行者選任の仮処分を申請したところ、これに対し当裁判所は、右予備的申請を認容する趣旨に出た末尾添附別紙記載のとおりの仮処分決定を発し、第一次的申請を排斥したことが記録上明らかであるが、その事情は、本件異議訴訟の過程において繰り返された同一趣旨の仮処分申請を、当然に不適法ならしめるものとは考えられない。
三、よつて、以下本件係争総会決議がはたして存在しなかつたものかどうかにつき判断を進める。
債権者等主張の申請理由第一の二の(一)乃至(三)の各事実については当事者間に争がない。成立に争のない疏甲第三号証、証人日笠豊の証言及び成立に争のない疏乙第三号証によりその成立を認められる疏乙第一号証の各記載に前記日笠豊、証人脇本与一郎(一部)の各証言、並びに、前記争のない事実を綜合すると、次のような事実が疏明される。
すなわち、昭和三十年八月十八日午後三時三十分頃債務者会社において、債権者等主張のような第一ないし第三号議案を審議するため、債務者会社の第九期定時株主総会が開催されたが、当日出席した株主は、本人出席の株主十一名(この持株数千二百株)議決権行使の委任状による出席株主四名(この持株数は二千二十株であるが、内小畑忠男の持株三百二十株に関して委任の有無につき争あることは、後述のとおりである。)であつた。ところが議長脇本与一郎は開会宣言後、議事に入らずに、総会に諮ることなく、直ちに債権者等主張のような定足数不足を理由に流会にする旨宣した。出席株主沼田忠安は、直ちに異議を述べようとして「議長々々」と連呼したが、脇本議長は、これを無視して当日出席していた取締役二名と共に退場した。そこで同所に残留していた株主(退場した右脇本外二名の持株は合計三十株である。)は、引続き株主大白慎三を全員一致で議長に選任して議案を審議し、第一号議案については原案通り可決し、第二号議案については債務者等三名を取締役に選任し、第三号議案については木村政治郎、宗宮主計を監査役に選任する旨の決議をした。
前記脇本与一郎の証言中右認定に反する部分は措信できない。他に右認定を覆すに足る疏明はない。
債権者等は、右定期総会は脇本議長のいわゆる流会宣言により終了したから、爾後残留株主において決議したとしても株主総会ないしその決議は存在しないと主張する。
しかしながら、いわゆる定足数は、特別決議を必要とする総会においてもその総会の成立要件でないことは、定足数不足の総会決議も総会決議取消の訴に服するところから明白であるのみならず、成立につき争のない疏甲第五号証によれば、債権者等主張の第一、第三号議案の決議は、債務者会社の定款上、定足数を必要としないことが認められるし、一旦総会が開催された場合においては、もはや招集権者のみならず、議長も議案を残しながら総会に諮らずして閉会を宣言するのは違法であり、かゝる宣言は無効であるから総会に諮らずに行つた脇本議長の閉会(同議長は、「流会」の語を使つているが、この場合「閉会」といつても差異はない。)の宣言は、無効といわざるをえない。従つて、脇本議長が開会を宣した当初から同人の退場後もその場に残留した大多数の株主出席のまま、引続き総会は、開催されているものといわねばならない。
債権者等は、右総会は定款に定めた適法な議長及び取締役の出席しない総会であるから、株主総会ではないと主張する。しかしながら、債権者等主張のような総会の議長となるべき者の資格を定めた定款第十六条のあることは、前掲疏甲第五号証により認められるが当日出席していた脇本外二名の取締役は、その閉会宣言と共に退場し、他の取締役は欠席していたこと前示認定のとおりであるから、かゝる場合にあつて総会の決議により取締役でない出席株主を議長に選任することは、条理上適法である。また取締役の出席が総会の成立要件とはなつていないから、取締役が全員欠席していても、その株主総会であることを妨げるものではない。
すなわち、本件株主総会ないしその決議が存在しないとの債権者等の主張は理由がない。
四、次に債権者等は本件取締役選任の決議は、商法第二百五十六条ノ二及び定款所定の定足数を欠いているから取消すべきものであると主張する。
しかしながら、債務者会社の発行済株式の総数が一万株で、その内新株四千株について仮処分により議決権の行使を停止されていることは、当事者間に争がなく、前記脇本与一郎の証言によると、右仮処分は、右新株発行無効確認請求を本案訴訟とするものであることが認められる。しかして、新株発行を無効とする確定判決は、将来に向つてのみ新株を無効にするものであるところ、右仮処分は、右判決確定以前に新株そのものから仮に議決権を奪うことによつてつまりその限度において、右新株の無効(いわば一部無効)の状態ないし地位を暫定的に実現しているものである。従つて、右仮処分は、株式譲渡の無効等の理由により、新株自体から議決権を奪うことなくして、単に特定の株主についてのみ議決権の行使を停止する仮処分とは、性質を異にするものである(議決権行使の停止がいかなる理由によるものかは、発行会社において容易に知り得るところである。)から、商法第二百四十条第一項の議決権なき株式に準じて右仮処分により議決権行使を停止された新株の数は、定足数の計算に際して発行済株式の総数に算入すべきではないと解するのが相当である。従つて、前記発行済株式の総数一万株から右議決権の行使を停止された新株四千株を控除すると、六千株となるから、定款の定(その内容については当事者間に争がない。)により、その二分の一、すなわち三千株以上が本件取締役選任決議の定足数となる。
ところで、右選任決議の際出席した株主の持株数は、一応前示認定のように合計三千百九十株(途中退場した脇本等三名の持株数三十株を除く)となるべきところ、債権者等は委任状提出者四名中株主沼田忠安に議決権行使を委任した株主小畑忠男の委任状は、その印影が会社届出の印鑑と相違するから無効であり、その持株数三百二十株は、右三千百九十株より控除さるべきであると主張する。しかしながら定款で会社が株主に印鑑の届出を要求するのは、会社としては届出印鑑によつて株主関係を処理すれば免責せられ、株主としては自己の同一性を推定されるためのものであるから、これがため株主又は代理人が他の方法で委任状の真正ないし委任の事実を立証することが禁止されているわけでなく、また委任状の印鑑が届出印鑑と異るからといつて、当然その委任状ないし委任を無効とし又は委任がない、とすることはできない。成立に争のない疏乙第十四号証、郵便官署作成部分の成立につき争がなく、その余の部分につき証人日笠豊の証言によりその成立を認める疏乙第二号証の各記載に、同証言を綜合すると、株主小畑忠男は、債務者会社送付の委任状用紙に署名捺印して株主沼田忠安に持株三百二十株の議決権行使を委任したところ、本件総会において右沼田は小畑から交付された右委任状が真正に成立したことを納得させてその議決権を行使したことを認めることができる。従つて右小畑の持株数を算入すべきであるから、出席株主の有する株式数は、総計三千百九十株となり、前示定足数三千株をこゆること明白である。
すなわち、前認定の本件取締役選任決議は、定足数を欠くものではないから、この点に関する債権者等の主張も理由がない。
五、債権者等は、更に適法な議長及び取締役の出席しない総会であるから、その決議は取消さるべきものであると主張するけれども、大白慎三が適法にその議長に選任されたものであることは前説示のとおりであるし、取締役全員の欠席は、決議取消の事由とはならないから、右主張は理由がない。
六、してみると、債権者等主張にかゝる本件仮処分の本案の訴訟物である株主総会決議不存在確認請求権も、株主総会決議取消請求権もいずれも、疏明がないことに帰するのみならず、保証を立てさせて疏明に代えることも適当でないから、その他の点について判断するまでもなく、本件仮処分申請は失当である。
よつて、主文第一項掲記の仮処分決定は、民事訴訟法第七百四十五条第二項により債務者等において主文第一項掲記の保証を立てることを条件として、これを取消し、本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第八十九条、第九十三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条、第七百五十六条ノ二を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 山内敏彦 栄枝清一郎 戸根住夫)
(別紙)
昭和三〇年(ヨ)第四六五号事件仮処分決定の主文
債権者、債務者甲子園製氷冷蔵株式会社間の株主総会決議取消請求事件の判決が確定するまで、債務者久留島新司は、同会社の取締役兼代表取締役の職務を、債務者沼田忠安及び同鳥巣新一は、同会社の取締役の職務を、いずれも執行してはならない。
右職務執行停止期間中、
(1) 木下敬和(住所・神戸市生田区中山手通七丁目二二番地の一)に、同会社の取締役兼代表取締役の職務を、
(2) 高島与三郎(住所・同市兵庫区荒田町三丁目一五七番地の六)及び金治説治(住所・同市同区三川口町七番地)に、同会社の取締役の職務を、
それぞれ代行させる。
債務者会社は、第一項掲記の本案判決が確定するまで、債務者久留島に取締役兼代表取締役の職務を、債務者沼田及び同鳥巣に取締役の職務を、いずれも執行させてはならない。
申請費用は、債務者等の負担とする。